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家族

My family is most important thing to me.(家族は私にとって一番大切な物。)

イギリスの語学学校では文法、スピーキング、リスニングなどなど日本の学校の英語の授業よりもマルチな分野を勉強しますが、今日の授業の例文の1つにこんな文章がありました。学習の狙いとしては「to me」の部分なのですが、このフレーズはそのまんま私の考えでもあります。

数回アメリカやカナダを訪れている私にとって、家庭環境が複雑であることはさほど珍しいことではありませんが、いざ日本の自分の家族のことについてとなると時々不安になることがあります。

正直な話、私の両親は約2年前に離婚しましたが様々な問題を今でも抱え込んでいます。離婚した当時「まるで昼ドラ」と母が零したようなこともあり、あまり詳しいことは友人にも話したことがありません。

家族関係が上手くいかないことは日本でも珍しくありませんが、やはり「普通じゃない」という見方をされやすいものです。これに加え、私はどうしても「幸せだったあのころ」の夢想をやめられないんです。戸籍上の家族も昔の家族も、私にとってはどちらも「最も大切な物」で、非がある家族を憎むことなんて到底できないと思います。

兄弟には「馬鹿だ」と言われるんですが、大人のドロドロした修羅場を見てもそのあとに必ず昔の優しい思い出がフラッシュバックして来るんです。傷ついた家族もいるし、自分だって確かに許せないと思ったのに、「もしあの時ああしていれば、こんなことにならなかったのかも」と考えずにはいられません。

私の経験は最悪なものではないですが、「子供」である最後の年に思ったことがあります。子供にとって、家族は自分の居場所であり故郷であり、拠り所であって欲しい場所だということ。それから、昔の記憶もやはり信じたい家族の姿の一つであるということ。

こんな子供の頃の記憶を思い出し、気持ちが落ち着かない時はよくエクストレイルに乗ってドライブに出かけていました。
イギリスにいる今はそうできないことが残念です。
夏でも冬でも、窓を全開にして風を感じながら走ると、どんな嫌なことでもその瞬間だけは忘れることができるから。

歌は自分の鏡

私はシンガーをやっています。
昔から歌が大好きで、今も歌わせてもらええる所がある事に感謝し喜びを感じて、毎回精一杯ステージにあがっています。

歌は何年やっても終わりがありません。満足出来ることは生涯ないかもしれません。
私は特に「個人練習」とか「ボイストレーニング」というものを行いません。
毎日他の生活にも追われていて、ゆっくりと歌に向き合う時間がないのが現実です。
それは家族を守るため、生活していくために必要なことだから、多方面で一生懸命取り組んでいるあまり、時間がないのが現実なんです。

でも、歌への情熱と歌の事を考えている時間は24時間って言っていいくらいです。
常にボイスレコーダーを持ち歩き、移動の時も休憩の時も、いつでも音楽の事を考えています。声の出し方や、先日のライブでの反省点、どうすれば感情をコントロールして冷静に歌えるか、またここと言う時に感情を爆発させてダイナミックに歌えるか。そんな事をずっと頭でシミュレーションしています。
後は、それをバンド練習の時に実行に移すのです。

自分のスタジオを持っている分、バンド練習は2日に一回のペースで行っています。メンバーのみんなは、「お前はボイトレとか、練習してる所見た事ないけど、上手くなっているから不思議だ」といわれます。私だってみんなには見えない努力をしているつもりです。

自分でも少しずつ上達しているのは分かりますが、それは明らかにトレーニングをしているから上手くなっている訳ではありません。自分の精神状態、考え方、意識…自分の成長度合いに合わせて歌も変わっていきます。それは自分の写し鏡そのものです。

だから…いい歌が歌いたかったら、いい人間になれ。
それが私の課題です。

多くの経験を積んで多くの感情と戦って「人の痛みが分かる」思いやりあふれるシンガーになりたい。そう思って自分を磨いています。

ダンサー

一昔前、ダンサーをやっていました。ストリートダンスと言われるものです。
HIPHOP、ガールズ、ハウス、ジャズダンス…様々なジャンルのダンスを踊りました。

昔から音楽が大好きで踊ることが大好きでした。
短大に入ったときにダンスのサークルがあると聞いて、一人で飛び込みました。
そこで出会ったOBの先輩が有名なダンサーで、直々に教えてもらえることになり、ダンス生活が始まりました。

先輩の勧めであるオーディションに参加して、博覧際のストリートダンサーとして踊り、毎日仕事としてお小遣いをかせぐようになり、ますますダンサーになりたいと言う思いが強くなりました。

毎日のように練習にはげみ、学校の指定時間が終了するとそこから深夜は繁華街でガラス窓や鏡になりそうな場所を見つけて、ラジカセを持ち歩いてとにかく踊りました。

じきにダンスを通じて出会った友人と二人でチームを組んで活動し始めました。
友人とはとても相性が良かったので、楽しくて仕方ありませんでした。しかし、仲が良くなりすぎると今度は悪いところが見えてくるのが人間です。お互いに衝突する場面が増えてきて…相方から「チームを一時休止しよう」と言われました。

それでもダンスへの情熱が止められなかった私は、彼女とは解散して彼女の了解をもらった上で他の人とチームを組む事にしました。結局、そのチームで成功してスカウトされダンスの世界に入っていきました。

その後、始めにチームを組んでいた彼女からは「もう一度チームを組んで欲しい」と何度もお願いされましたが、新しい相方との兼ね合いで元に戻る事が出来ませんでした。
正直、始めの相方も、今の相方も両方好きです。だから3人でやろうと言う話もしましたが、どうしても2人でやりたいと言うので、泣く泣く断るしかありませんでした。

チームを組んで解散を選んだのは相方ですが、その相方がまた私を必要としてくれたのに答えられなかった事がいまでも心残りです。
頑張って有名になって、いつか自分の力で彼女とサプライズで舞台に上がれるような場面をつくってあげたいと思うし、そのためにも励みたいと思っています。

六時のサイレン

私の実家がある地域ではお昼のサイレント夕方のサイレンがあり、夕方6時になると「ウーン」と言う大爆音のサイレンの音が鳴り響いていた。このサイレンの音が怖くて、子どもの頃はこのサイレンの音を聴くと飛んで家に帰っていた。
とにかく、背中がぞっとして恐怖にかられる。どうしようもない不安感と恐怖が襲うのだ。
兄弟の中でも、友達の中でも、このサイレンの音を怖がるのは私だけ。
みんなには大爆音に聞こえないのか、怖くないのか、不思議でした。

隣町には航空自衛隊があり、飛行機が飛ぶ音も頻繁でひどかった実家でしたが、この「飛行機が飛ぶ音」も、同じように「怖い」と感じていました。
とにかく、飛行機が上空を飛ぶたびに背中がぞっとする、言いようのない不安が襲う。
夢でも、飛行機が自分を探していて爆弾で殺そうとしている、狙われていると言う夢を何度も見ていました。

その事を母に話すと、「あんた、前世は戦争体験者だったんじゃない?」と言われた。まだ戦争すら何か知らない子どもだったから「戦争って何?」って感じでしたが、どうしても戦争について知りたいと言う気持ちが強くて、母に原爆ドームに連れて行ってもらったり、おばあちゃんに戦争の話を聞いたり、本を読んで調べたりしました。

自分が抱く恐怖心と同じものがそこにはありました。不思議ですが、戦争の体験を聞き戦争の現実を知り、戦争の痛みが理屈じゃなく心で分かるのです。言葉には出来ない、胸に響く想いがありました。

生まれてから飛行機が怖いと思った事、何の知識もない頃から飛行機は爆弾を落とすものだと思っていた事、サイレンの音が怖いこと。そしてそれに対する過剰な反応…
無意識だった私の行動には母も驚いていました。

大人になった今も、その恐怖は変わりません。
前世とか、来世とか、そんなのは信じてないし分からないものだと思いますが、もう二度と戦争は起こって欲しくないし、平和な日本であることが続きますように、いつも祈っています。

主人との仲直りメニュー

私はよく主人と喧嘩をします。
ささいなことから口論となるのですが、喧嘩は長引きませんし、
お互い言いたいことを何でも言い合えるので、かえってすっきりします。

付き合い当時はそれこそ、彼に言いたいことも言えずに我慢の日々で、ストレスで体を壊したりしていました。
その頃の事を思い返してみても、関係がうまくいっていたかというと、
全然うまくいってなかったし、お互い隠し事もたくさんもっていました。

でも言いたいことを言うということは相手を理解し受け入れることにもなるし、
いい関係を続けていくうえでとても大事なことだと思っています。
もちろんなんでもかんでも言いたいこと(悪口など)を言っていいわけではありませんが、気になること、不安なこと、悩みは思っているだけでは相手には通じませんし、
いくら夫婦でも、心の中まではわかりませんから。

私は朝、主人と喧嘩をし、もう何にもしてやんない!
と思っても、主人が帰ってくるまでにやはりご飯の準備をして、待ってしまうものです。
主人のことを考えながら、喧嘩をしていたはずなのに、
おいしいといってくれることを考えながら作る仲直り料理は、オムライスです。

そのオムライスに主人へケチャップのメッセージ付きでだします。
ありきたりですが、そこで新たな会話もうまれ、仲直りができます。
そのメッセージをみていつも主人は「具合悪くなるわ」と笑いながらおいしそうに食べてくれます。
それをしているうちに主人はオムライスが大好きになり、お弁当によく入れてと頼んでくるくらいです。

喧嘩するほど仲がいいというのはその通りだと思っています。
そして口にださなくても、いつもそのオムライスを一口も残さず、
ペロッと食べてくれるので、私も許してしまうんだと思います。
この先あとどれくらい喧嘩するかわかりませんが、喧嘩をするたびに
、オムライスをつくってやろうと思います。さすがに二日連続の場合は作りませんが。

まだ主人はオムライスが仲直り料理だとは気付いてませんが、
この先いつかそのことに気付いた時に、
仲直りしたいんだなとおもってくれたらいいなと思っています。

実は、主人とはお見合いパーティーで知り合いました。
大阪のお見合いパーティーに参加した時にいたのが主人で、話をした時の空気感がすごく好きで付き合いだしました。
日々の生活の中で忘れがちですが、あの時の気持ちを大事にしないといけないと最近すごく思います。
彼のどこが好きで結婚したのか、それは言いたい事を言えるのと、だけど後に引きずらないさっぱりとしたところなんですよね。
これからもオムライスを出し続けたいと思います。

洗顔について

洗顔と単に言っても、様々な洗顔方法がありますよね。
私は、ここ5年くらい洗顔は石鹸タイプです。
他にチューブタイプやホイップタイプ・液体タイプなど…
色々試しましたが、私は石鹸に落ち着きました。

特に石鹸がいいとか、物に対するこだわりはないんですが、
洗顔の際に、重要だと思うことは、

とにかく泡立てる事です!!

泡の繊維が細かくなるまで、とにかく泡立てます。
洗顔用ネットをつかってもOKですが、
慣れてきたら手だけでしっかり泡立て出来るようになります。

良く泡立つ方法は、まず、石鹸を濡れていない素手にこすりつけて
石鹸を手のひらに付けます。
それから少しずつ水を混ぜていき、てのひらで泡立てます。
泡だった泡を左の手の平に乗せて、右手で泡をかき混ぜて、更に泡立てます。
そうしていると、ホイップみたいな、とても肌触りのいい、細かい泡が出来ますよ!

毛穴って、とても小さいから、
その小さな毛穴に入るくらい細かい泡じゃないと意味がないらしいんです。
細かな泡で洗うようになってから、肌の色もワントーン明るくなりましたし、
肌トラブルもありません。
オススメですよ☆

また、お米を洗う時のお米のとぎ汁で顔を洗うのもオススメ☆
また、米のとぎ汁で洗顔の際に泡立てをすると、よりクリーミーな泡になりますよ。
不思議なくらいに泡の質が変わるので、是非やってみてください。

米ぬかはとても肌にいいとされているので、経済的にもGOOD!!
お米をとぐ時に捨てるとぎ汁を、洗面器にためておいて、洗顔の時に使うだけです。
ただ、夏場は米ぬかがすぐに腐るので、その日に使ってしまわないと要注意です!
(米ぬか汁が腐ると臭いので…)

また、お米のとぎ汁をコットンに浸して、顔に貼り付けたら即席パックにもなります。

お料理しながら、パックも出来て、お料理が終わる頃には米ぬか美人になれるかも☆